(1)九州の大名某に与えた書簡
白隠が九州のとある大名に呼ばれ、参上した後に送った書簡です。
冒頭の部分は、過分な御馳走をいただき、比類なき庭の壮観さに感動し、善徳を積んだ先祖の子孫である大名の繁栄を促がしています。
そして、昔から神仏を信仰し栄えた名将の名を連ね、次に神も仏も信じることなく、天の道理も恐れない愚将たちの例をあげ批判しています。
また「金毘羅山大権現(こんぴらさんだいごんげん)」「秋葉山大権現(あきはさんだいごんげん)」の新号を書き、ついでにと『延命十句観音経』も添えたとあります。
この経は、113代の天皇零元院法皇から功徳利益の大きいと思う経が見たいという勅命により、比叡山の霊空律師が選んだものであるということも書かれています。
(2)三条の町家某が妻の難病に北野天神十句経を授けられしこと京都三条通りに住む何某(なにがし)の妻が重病にかかりました。
どんな薬も効かないことを悲しんだ主人は、北野天神で深夜丑の時詣でをして救いを求めます。
七日の期限が満ち、経を読み供養をしてようやくの帰り道、まだ薄暗い中、一軒の水茶屋に寄り、老僧に出会います。老僧は主人に何を祈願していたのか尋ね、主人は妻が難病にかかっていることを説明します。老僧が指を折り、手で八卦を占うような真似をしてから言います。
「これは死を免れない重病で、どんな名医が秘術をつくしても救いようがありません。しかしここに大切な経があり、それをあなたにお授けします。この経を覚えて帰り、一家みんなで病人を囲んでこの経を唱えるならば、今日明日の間に必ず病は治るでしょう。」
主人は喜び拝して、この『延命経』なるものを覚えて帰ると、家の者が6〜7人で病人をとり囲んで読誦しています。よくよく聞いてみると、それは先ほど伝授された『延命経』です。
主人は不思議に思って「誰が来て教えたのか。」と家の者に尋ねます。
話しを聞くところによると、明け方に老僧がどこからともなく現れて、ついさっき主人が老僧から聞いたことと同じ話しを告げ、経を一緒に唱え教えた後に跡形も無く姿を消してしまった、とのこと。
主人が年齢、容姿や袈裟衣の色などを尋ねると、北野天神で出会った老僧と同じ人物であることがわかりました。皆喜び合い、これは北野の神様が信心深くお経を読誦させようと、御身を両所に分けてお経を伝授されたのだ、と勇んで『延命経』を唱え始め、その日の暮れ方には病人は食も進み次第に全快したそうです。
ここで話しは終わり、白隠は誠に又とない霊験であり、類まれなる貴い経文であると賛辞しています。それにもかかわらず、このお経を怪しむ人が多いとも書いてあります。
天台宗の五時八教、五千四十八巻の経の中、どこを探しても正しい出所がないから偽経であると眉ををひそめる人がいると。それが誰であろうと、全くの無知なる者の調べだと言っています。
「この経は、中国では観世音菩薩が法師の姿で現れて、
孫敬徳という者に口授され、我が国では北野の神が僧の姿で現れて目の前で授けられたのだから、疑う余地はない。」と白隠は続け、
更に「北野の神の正体も菩薩で、人々を救うために神の姿になられた十一観音である、と蟠桃稿という書物で明らかである。」と『延命経』が真の経であることを主張しています。
そして・・・
真偽はともかく、これ程の霊験があり利益があるのだから、とにもかくにもこの経を信じ、昼に夜に唱えて功徳を得、万事幸せに生きられるなら、そんな嬉しいことはない。
難病を治す妙薬の出所が明らかでないと言って棄ててしまったり、その出所を尋ね歩く暇など我々にあるのでしょうか。
と最後に締めくくっています。
・・・・・・・
ちなにみ、毎月18日は観世音菩薩さまとの縁日です。