禅や神仏のこと、本の紹介、面白そうなこと、
その日その日に思いついた事を気ままに書きます。
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
Posted by : スポンサードリンク | - | | - | - | - | |
『延命十句観音経霊験記』(6)
(6)癪狂の武士、この経の霊験により平癒すること

備前・備中・備後の三備州の内に住む三十歳にも武士が、突然に狂い、刀で人を切りつけようとするので、牢に押し込められました。

【(5)に登場した】お綾のことを聞きつけた近所の人々が、救いを求めて白隠のもとを訪ね、白隠はいつものように「延命十句観音経」を授けました。

それから間もなく、病人である武士の使いの者が手紙を持ってやって来ます。
死ぬ運命に思われた2,3年来の難病が、このお経を皆々で昼夜唱えること7日で、すっかり全快したというお礼の手紙でした。

白隠は喜び、その手紙を持ち帰り、皆に見せました。
また、その武士は今もって無事息災である、ということも書かれています。




・・・・・・・・・


この回からは、かなり割愛して簡単にまとめさせていただきます。
文章をまとめる力が急激に落ちたもので・・・(-_-;)
Posted by : zero | 延命十句観音経 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
『延命十句観音経霊験記』(5)

(5)播州の少女お綾、この経により盲人の妄執を免れしこと

寛延三年(1750年)の春、白隠が備前備中(岡山県)に行き、
中間のある城下町で説法をしたときのこと。

円(えん)の都(いち)という琴に巧みな盲人がいました。
この円の都に、幼い頃から両眼が見えないお綾という娘が、
琴を習っていました。8、9歳より習い始め、13、4歳には師より遥かに勝ると人々に賞賛されました。

やがて円の都はお綾に恋心を抱き、積もる苦しみが病となり、
この世を去ろうという時がきました。
「あの人がうらめしい。あの人のお陰で私は命を捨てるのです。
この苦しい想いを恋文に書くこともできず、あの人は読むこともできない。
我が亡き後は琴の音を出させない。」
そう言って泣く泣く死んでいきました。

その翌日より、お綾が琴を弾こうとすると、心身共に痺れて苦しく琴の音を出すことはできず、月日を重ねても全快する様子はありません。
医師や修験者に見せても功はなく、口寄せに見せると盲人の死霊のなす業であると言い、次第に弱り、首には腫れ物ができ、命もわずかとなりました。

そこで人々は高僧和尚に救いを求めて、白隠のもとへとやって来ます。
「延命十句経」を授けられた親族、琴の指南を受けていた女の子達などがお綾を囲んで座り、昼夜この経を読誦しました。
そしてわずか一両日を経たころ、円の都が夢に現れ、
「有りがたや。貴きお経を昼夜怠らず唱えられた功徳により、生前から積み重ねた重い罪業ことごとく滅んで、天に昇り菩提の世界に赴きます。
人々はなお一層励んでこの経を唱えれば、現世では七難即滅、来世では生死輪廻の重罪滅尽して無上菩提を成就されるでしょう。」
と言って消え失せ、お綾の腫れ物も病苦も平癒し、
以前と変わらず琴の音を出すことも出来るようになりました。

翌日、お綾は多数の弟子たちを連れて、お供えの品々を持ち、
老僧(白隠)に拝をして礼を述べ、泣いて喜びました。




・・・・・・・・・

お綾にとっては、なんとも理不尽なお話し(T_T)
恋愛の怖さは今も昔も変わりません・・・。



Posted by : zero | 延命十句観音経 | 11:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
『延命十句観音経霊験記』(4)
(4)中国普の王玄謨、この経により死を免れしこと 

『仏祖統紀』三十七に出ているお話。

普の元興(宋の元嘉の誤り)27年、王である玄謨(げんぼ)が北方に戦いに出かけた時、規律に背いたたため大将が王を殺そうとしました。
罰せられる前夜、夢に人が現れて「『延命十句経』を千篇唱えるならば死を免れるだろう。」と告げ、口伝にその経を授けました。王は徹夜で経を唱えます。
その同じ夜、沈慶子(ちんけいし)という者の夢枕に観音様が出現し、「早く起きて、大将に意見し、王の死を救いなさい。そうすれば君臣共に徳行となるが、みだりに殺せば大災難が降りかかるでしょう。」とのお告げがありました。
驚いた沈慶子は、夢の話を大将に詳しく語ると、大将も驚き、同様に貴い夢のお告げがあったと言って、異議なく王の死刑を許しました。





・・・・・・・


ようやく更新しました。

大震災に対して、海外からも日本を応援するたくさんのメッセージが寄せられて、胸が熱くなってしまいます。
一番知って欲しい被災された方々には、どれくらい届いているのでしょうか・・・。






Posted by : zero | 延命十句観音経 | 11:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
心に響くつぶやきなど
東北関東大震災に寄せて

このたびの大災害で犠牲になられた方々に哀悼の祈りを捧げ、
被災された皆様には心からお見舞い申し上げます。
そして、日夜、復旧のために御尽力をつくされている方々、
ボランティアに励まれている皆様に対しましては、
敬意を表したいと思います m(ーー)m


たまたまネットで見つけたのですが・・・読んでいると、
胸が熱くなり、元気も勇気も出てくるつぶやきページをご紹介します。
ツィッターに参加していなくても大丈夫です(^−^)


<心温まるつぶやき>
http://prayforjapan.jp/message/

国内で投稿されたものや、海外からの応援メッセージのまとめ。


<言の葉>
http://twitter.com/word_bot#

印象に残る名言・格言・迷言など。


<法語bot>
http://twitter.com/buddhismword#

仏典・名僧の言葉をツィートし、毎日朝夕6時に更新しているそうです。



被災地から遠く離れている所に住む私も、
大きな地震が来るであろうリストに入っているので、
とてもショックで、自分のことのように心を痛めています・・・。






Posted by : zero | オススメ情報 | 13:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
『延命十句観音経霊験記』(3)

(3)中国東魏孫敬徳、この経により死を免れしこと

『仏祖統記』第九にある話が書かれています。

孫敬徳という官吏が、賊の計略によって罪を犯し処刑されようとする前夜のことです。
一心に「観音経」を唱えていたところ、夢の中に僧が現れて「その経を唱えても死は免れられないが、『高王観音経』を一千回唱えれば助かることができる。」と言い、口伝えに授かっているうちに夢から覚めました。
一字一句忘れずに覚えていた経を熱心に唱え、処刑場へ行く時間になった時には九百回に達していました。処刑場までの道のりをゆっくり歩き、急いで残りの百回を念じ1千回に達しました。そして処刑台に上がっていざ刑を受けようという時、刀が三つに折れ、敬徳自身は傷一つ負いませんでした。

以下、『延命十句観音経霊験記』(伊豆山格堂、春秋社)より・・・

王が敬徳を召されて問われました。「お前はどういう幻術を使ったのか」と。敬徳曰く「幻術ではありません。夢の中に僧が現れて『高王十句経』を一千篇唱えよと教えてくれたので、このように難を免かれたのでございます」と。王様は「私より勝っている。聖人と異ならない。」と言って、裁判官を呼んで仰せられました。「その他に死刑すべき者あらば、めいめい『十句経』を唱えること一千辺させよ」と。
それから法令通り誅すべき者を選んで引き出してこれを斬ろうとしますと、尽く敬徳のように死をまぬかれました。ここにおいて王は国中に勅して人民尽く『十句経』を誦すること一千篇せしめました。


それから国は安泰となり、戦争も災害も病気もなく、
その国の人々は健康でみんな百歳まで平和な日を送ったそうです。
そして白隠は「天下泰平、万人の幸福を願うものとして、誰も彼も全ての人がこの貴重な経を読誦すること以上の善行はない。唱える数に限りはないが、まずは一万篇は唱えさせたい。」と言っています。


「仏祖統紀」・・・中国の高僧伝。

「観音経」・・・『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』の略称。

「高王観音経」・・・十句観音経のもとになった短いお経。



・・・・・・・

前回の(2)に、孫敬徳の名が出てきますね!





Posted by : zero | 延命十句観音経 | 10:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
『延命十句観音経霊験記』(1)〜(2)
(1)九州の大名某に与えた書簡

白隠が九州のとある大名に呼ばれ、参上した後に送った書簡です。

冒頭の部分は、過分な御馳走をいただき、比類なき庭の壮観さに感動し、善徳を積んだ先祖の子孫である大名の繁栄を促がしています。
そして、昔から神仏を信仰し栄えた名将の名を連ね、次に神も仏も信じることなく、天の道理も恐れない愚将たちの例をあげ批判しています。
また「金毘羅山大権現(こんぴらさんだいごんげん)」「秋葉山大権現(あきはさんだいごんげん)」の新号を書き、ついでにと『延命十句観音経』も添えたとあります。
この経は、113代の天皇零元院法皇から功徳利益の大きいと思う経が見たいという勅命により、比叡山の霊空律師が選んだものであるということも書かれています。


(2)三条の町家某が妻の難病に北野天神十句経を授けられしこと

京都三条通りに住む何某(なにがし)の妻が重病にかかりました。
どんな薬も効かないことを悲しんだ主人は、北野天神で深夜丑の時詣でをして救いを求めます。
七日の期限が満ち、経を読み供養をしてようやくの帰り道、まだ薄暗い中、一軒の水茶屋に寄り、老僧に出会います。老僧は主人に何を祈願していたのか尋ね、主人は妻が難病にかかっていることを説明します。老僧が指を折り、手で八卦を占うような真似をしてから言います。
「これは死を免れない重病で、どんな名医が秘術をつくしても救いようがありません。しかしここに大切な経があり、それをあなたにお授けします。この経を覚えて帰り、一家みんなで病人を囲んでこの経を唱えるならば、今日明日の間に必ず病は治るでしょう。」

主人は喜び拝して、この『延命経』なるものを覚えて帰ると、家の者が6〜7人で病人をとり囲んで読誦しています。よくよく聞いてみると、それは先ほど伝授された『延命経』です。
主人は不思議に思って「誰が来て教えたのか。」と家の者に尋ねます。
話しを聞くところによると、明け方に老僧がどこからともなく現れて、ついさっき主人が老僧から聞いたことと同じ話しを告げ、経を一緒に唱え教えた後に跡形も無く姿を消してしまった、とのこと。
主人が年齢、容姿や袈裟衣の色などを尋ねると、北野天神で出会った老僧と同じ人物であることがわかりました。皆喜び合い、これは北野の神様が信心深くお経を読誦させようと、御身を両所に分けてお経を伝授されたのだ、と勇んで『延命経』を唱え始め、その日の暮れ方には病人は食も進み次第に全快したそうです。

ここで話しは終わり、白隠は誠に又とない霊験であり、類まれなる貴い経文であると賛辞しています。それにもかかわらず、このお経を怪しむ人が多いとも書いてあります。
天台宗の五時八教、五千四十八巻の経の中、どこを探しても正しい出所がないから偽経であると眉ををひそめる人がいると。それが誰であろうと、全くの無知なる者の調べだと言っています。
「この経は、中国では観世音菩薩が法師の姿で現れて、孫敬徳という者に口授され、我が国では北野の神が僧の姿で現れて目の前で授けられたのだから、疑う余地はない。」と白隠は続け、
更に「北野の神の正体も菩薩で、人々を救うために神の姿になられた十一観音である、と蟠桃稿という書物で明らかである。」と『延命経』が真の経であることを主張しています。

そして・・・
真偽はともかく、これ程の霊験があり利益があるのだから、とにもかくにもこの経を信じ、昼に夜に唱えて功徳を得、万事幸せに生きられるなら、そんな嬉しいことはない。
難病を治す妙薬の出所が明らかでないと言って棄ててしまったり、その出所を尋ね歩く暇など我々にあるのでしょうか。
と最後に締めくくっています。




・・・・・・・

ちなにみ、毎月18日は観世音菩薩さまとの縁日です。




Posted by : zero | 延命十句観音経 | 12:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
延命十句観音経(えんめいじっくかんのんきょう)

白隠禅師が書かれたものに
『延命十句観音経霊験記』という名著がありますが、
世にはあまり知られていないように思います。
他の実践的な著作に比べると、
あまりにも眉唾的な不思議なお話しのせいでしょうか?

この『延命十句観音経霊験記』(伊豆山格堂、春秋社)には、
「十句観音経」を一心に何遍も唱えることにより起こる、
様々な奇跡・霊験について、15のお話しが書かれています。
ちなみに「延命」は、白隠禅師が付け加えたと言われています。

今回はまず経文をご紹介し、
次回からは、少しずつ解説を加えながら、
15のお話しを簡単に紹介したいと思います。



延命十句観音経


観世音 かんぜーおん

南無仏 なーむーぶつ

与仏有因 よーぶつうーいん

与仏有縁 よーぶつうーえん

仏法僧縁 ぶっぽうそうえん

常楽我浄 じょうらくがーじょう

朝念観世音 ちょうねんかんぜーおん

暮念観世音 ぼーねんかんぜおん

念念従心起 ねんねんじゅうしんき

念念不離心 ねんねんふーりーしん


(観音様。私は観音様を信じ全てをお任せいたします。私には仏性があり、また仏性を開く因と仏法僧三宝にご縁があります。そのおかげで常楽我浄の四徳がいただけます。私は朝に夕に観音様を念じております。この一念は私の本心である仏心からのものであり、この一念より離れることはありません。)






Posted by : zero | 延命十句観音経 | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
内証(ないしょう)
自分の心に真理をはっきりと悟ること。

内照と同義。

「内緒(ないしょ)の話」と使われる「内緒」の語源であり、

心の内に悟った証(あかし)は他にはわからない、

そこから秘密の言葉という意味が生まれた。

<ないしょう>が訛(なま)って 、<ないしょ>となり、

いつしか「内緒」の字が使われるようになった。






Posted by : zero | 禅語・禅に関する用語 | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
道釈画(どうしゃくが)
道釈(どうしゃく)人物を描いた画。

道釈人物とは、老荘思想や道教の仙人、禅宗の祖師など

宗教上仰ぐべき人々のことをいう。


道釈画には、

禅宗祖師の達磨像を初め、二祖慧可(えか)像・出山釈迦像、

脱俗悟道の士である寒山(かんざん)・拾得(じっとく)・

豊干(ぶかん)・布袋和尚(ほていおしょう)像など、数多くの画題がある。

これらの多くは水墨画として描かれている。

 
Posted by : zero | 禅語・禅に関する用語 | 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」
前記「時時勤払拭」の神秀の偈(げ)を見た寺男の慧能(えのう)は、

神秀の偈に和韻(わいん)した詩を作り、

神秀の偈のそばに貼り出しました。


菩提本無樹 菩提(ぼだい)本(もと)樹無し

名鏡亦非台 名鏡(めいきょう)も亦(また)台に非(あら)ず

本来無一物 本来無一物

何処惹塵埃 何(いず)れの処(ところ)にか塵埃(じんあい)を
      惹(ひ)かん


 <菩提という樹も、名鏡という心も私にはなく、本来無一物です。

 塵埃のよりつく処もないから、払拭の必要もないはずではないか。>


神秀の偈は、修行面から悟道(ごどう)を説くものでしたが、

慧能は分別(ふんべつ)を超越して「本来無一物」と禅の根本を説いています。


その夜、弘忍禅師は慧能に正法を伝授され、慧能は第六祖となりました。



*和韻(わいん) 他人と同じ詩の韻を用いて、それに和して詩をつくる
         こと。





・・・・・・・・



なんだかエピソードになってしまいましたが、

つまるところ、読んだ通り

「元々は(何ひとつ身に付けるものは無く)身も心も清浄そのものである。」

ということではないでしょうか。

神秀からしてみれば、一本取られた!という感じかな(^^;)






Posted by : zero | 禅語・禅に関する用語 | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
TOP